金のたて笛 銀の琴





人間の証明



母さん、僕のあの帽子、どうしたでしょうね?
ええ、夏 碓井から霧積へ行くみちで
谿谷へ落とした あの麦稈帽子ですよ

母さん、あれは好きな帽子でしたよ
僕はあのとき、ずいぶんくやしかった
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから

・・・・母さん、ほんとにあの帽子どうなったでしょう?
今夜あたりは、あの谿谷に
静かに雪が降りつもっているでしょう

西条八十 「帽子」




角川映画が鳴り物入りで打ち出した森村誠一原作小説の映画化作品・・・その主題歌であります。
唄ったのは、ジョー山中。彼は、この物語の原点となる、戦争が残した傷痕と混乱の象徴であるハーフの青年の役をも演じました。つまりは、この詩で母に語り掛けている帽子をなくした子供の役どころであったわけです。

この歌は、物語の核をなす一連の事件のモチーフ、小道具として使われている詩ですが、小説のために作られた詩ではなく、有名な昭和の詩人、西条八十の詩集に在るもの。森村誠一氏は、一遍の詩から、戦中と戦後の悲哀を浮き彫りにする複雑な人間ドラマを創り出したのですね・・・

戦争を知らない世代には、解らない、想像も出来ない時代でしょう。
日本の戦後は本当に混乱していました。
男たちの胸には負けたという敗北感があり、女はたくましくもあり、体をはって生きていた。悲劇の伏線は、GHQの黒人兵と恋に落ちた女性が混血児を産んだことから、始まっています。この女性は肌の色の違う子供を父親に託し、またの再会を待ち望んだ一人でした。そのこと自体はよくあるロマンス、今だと単なる国際結婚で、ちっとも不幸なことではないのだけれど・・・当時、戦後まもなくの日本において、混血児に対する世間の目はとても冷たかったんです。
今ではハーフなんて珍しくもなく、むしろ東洋と西洋の融合ということで、その容姿は羨望すら受けるのだけれど、当時は「エリザベス・サンダース・ホーム」の例に見るように、自分とは目の色が違う子供を手放す母も多かった。職業柄、子供がいると邪魔だという者も中にはいたし・・・父親である兵隊たちは自分達の国に帰ってしまえば、それまでというのが普通で。
だから、この映画のように父親が引き取る、というのはとても珍しい。確かに、母のもとで育つよりは父親と同じ肌の色、目を持つ子供は父の国で育った方が幸せで・・そうして父親に引き取られて、母と父と避暑地の想い出を持つこの子供は、あの孤児として父の国に養子に出された子供たちより、数倍も幸せであったはずなのに。。
けれども・・・



この詩の舞台、映画のロケとして使われた軽井沢は碓井峠に昇ったことがあります。
夏ではなく、真冬でしたが・・・
ガンジーの友人で、インドの革命家タゴール(新宿中村屋に亡命し、カリーを伝えた人)の詩の石碑がそこにはありました。
ああ、ここから あの帽子は・・ストローハットは飛んでいったのだと、雪に煙る峠を見下ろしたものです。ここは、「金田一耕助の冒険」でも出てきたねとも思いつつ。

ホテルニューオータニを見るたびに、ああストローハットだ・・とも、今でも感慨にふけったりして。(なぜそう思うのかその謎を知りたい人は映画のビデオでも見てクダサイ)

切ない歌です。とても好きな歌です。
この原詩が語り掛ける少年の日の惜別の想いをそこなわず、そのままに、哀愁あるメロディで彩っている。いい歌、曲だと、そう思います。
ジョー山中もとても上手いヴォーカルさんでした。